正に、琵琶湖産コアユの時期。「子鮎」ではない。「小鮎」である。琵琶湖のアユは成魚になっても大きくならないのである。全国の遊漁場や遊漁河川のアユ。これは琵琶湖産の稚魚を放流し、夏になると成長し大きくなるのに、琵琶湖に育った「子鮎」は成長し成魚になっても「小鮎」のままなのである。
この時期になると滋賀県大津市の母の実家では毎年食卓に「ゴリ」や「アユ」の煮たものが丼鉢に盛られて置かれていた。蝿帳がある時代で、食後に遊んでいても一日中見て育ったものだ。
自身が成長し、たまに滋賀に行くと土産物店や地元スーパーで、それらが売られていた。また、滋賀に遊びに行った友人達からも、たまに土産で甘露煮などをもらった。
しかし、それらの味は、幼少時から食ってきたものとは全く別物で頂けたものではなかった。海老もイサザもモロコも・・・。総て「飴炊き」「甘露煮」になっていた。
高度経済成長期、嗜好の変化や本質を見ない健康趣向や、それに味の世界でも見られた全国平準化の波などに押され、併せて保存願望などから出た観光客向けの味の変化であったように感じる。全く地元郷土料理の味とはかけ離れた調味商品が並んでいた時代であった。未だにそれは続いている感がある。
さて、小鮎は今の時期は成魚。アユは成魚になると雑食から植物食に代わるので腹を抜く必要はない。また湖産は個体が小さいのでそのまま鱗などの除去も考える必要もない。只々生臭くなく、「ご飯に合う」調理を考えるだけでいい。郷土料理とはそういう物が多いの必然である。パンに合うようだったり、西洋調に味付けする必要はない。
細かいレシピは省略する事をお許しいただきたいが、まず、魚を煮る時は「沸騰した既にできた出汁に、一度に入れず数回に入れる。」が基本。淡水魚の生臭さが飛ぶ。基本、味醂1日本酒1醤油1の混合液体で、グラニューなど砂糖は一切入れず、水も一滴も足さない。そして煮汁が無くなるまで煮込む。
湖産魚に限って言えば生姜ではなく、山椒の粒で臭い止めする。なぜかというと、地域の家には山椒の木が植えられていることが多かった。勿論今ではマンションや狭い一戸建てのように山椒の木が植えられることもなく、山椒の実は買う物、という時代になっているからだろうが、その辺りを考えていただければご理解できると考えている。
ただし、今風の味に、若しくは自身の好みに合うように新レシピに挑戦している方々には通用しないと理解しているが、何十年のスパンではなく、何百年この地で作り上げてきた味という観点から見れば間違いのない「最高の味」につながると考えている。
主題から逸れ始めたので元に戻す。塩辛すぎるのは仕方ない。減塩減塩と米を食わなくなり始めた日本民族が気にするのは頷ける。しかし売られているこれらの煮物に、水飴や砂糖や唐辛子や昆布や色々入れるのは新しい料理や調理法を模索し、それらを「売れる」事のみに重点を置いているに間違いない。尤も、このブログを読まれた方々のうちの幾割かにとっては、それが自然な考えでもいいと考えておられる方もおられると思うし、味付けに「強制」を持ち込む気は全くない。強いて言えば白米米食民族の日本人作った味は我々にも残す義務があると考えている。
お気づきの方はお気づきだと思うが、、湖産魚に拘わらず、日本食の基本を理解していれば自ずと「一番美味い」レシピに辿りつくと思う。コンロに点火する前に、ひと呼吸し、全ての工程を予習し想像してみよう!!