小さな文化遺産①『下駄スケート』信州・長野・諏訪湖・鍛冶屋・三本柱・鼻緒・昭和レトロ・日本文化

古物の露店販売をしていて、と言うより仕入れる際にも、老人の域に足を突っ込みだした筆者ではあるが「こんな懐かしい物!!」という物や「気が付けば、知らぬ間にこの世から消え始めている‥」という物に出くわすことがよくある。その様な品々について「小さな文化遺産」として、特段の調査や研究もせず、自身が知っている事柄に偏向しながら勝手気ままに綴っていきたい。

まずは、今回、「下駄スケート」。

これは大きさから大人用の物であると推察

南信州に住みだして暫く経った頃、薄暗い骨董屋の入り口横に、紐でぶら下げてあった埃だらけの奇妙な物を見つけたのが「下駄スケート」であった。店主に訊かずとも、何をするものかはすぐに分かったが、本来なら文法上は「スケート下駄」と呼ぶ方がふさわしいと思うがこの時は「下駄スケート」と言ったら通用した。その後この地域では皆が「下駄スケート」と呼んでいることが解った。

当時見つけたのは大人用の物だった。最近は子供用の物でも見つけたら購入する。地元の高齢者は口々に「こんな物は、どこにでもある。ゴミみたいなもんでなあ。」と言う。だが、しかし関西では見たことがない。と言うか、単身赴任で住んだ東京や東海や九州でも見たことがない。という事は、時代的な遺物ではなく、ある程度地方限定の物であったのであろう。

東北でも存在すると聞いた事があるが、外に出てスケートを出来る環境、そう、寒くて、そしてかつ冬場に大雪に見舞われない地域の物に違いない。そう考え色々な年代の知己に訊いてみた。

子供用2種(手前の物はブレードの形が珍しい物である)

(足首に巻く紐は、恐らく軍隊装備品の紐を使用)

結果、昭和40年頃までは、秋に刈り取った田んぼに水を張り、凍ればそこでスケートをしたと聞く。それも、学校の授業にもあったという位普遍的なものであったようだ。最近は余り無いが、諏訪湖の御神渡りのように全面結氷するような池でも滑ったと聞く。田んぼの場合は、「稲を刈り取った株が邪魔で、よく引っかかって倒れた。」と生々しい話も・・・。

昭和40年代初めというと、筆者など都会の子供たちはスケートリンクに親に連れて行ってもらい、プロ級から初心者までが汗をかきながら、場合によっては天井のある全天候型で監視員や救護員迄いるような商業的な施設でスケート靴を借りて滑った物だ。少しうまくなるとフィギュアではなくアイスホッケー用の靴やスピードスケート用の靴を借り練習したものだ。同じ時代に下駄スケートであったとは、当時の日本国内の地域格差を感じる。

さて、「下駄スケート」。どうやって履くか。もちろん鼻緒である。足首を固定するために紐で足首まで固定するらしい。紐は、最近発見したデッドストック初出しの束は、終戦で使われることのなくなった軍隊使用の背嚢などに使われる平編みの紐や、当時の日本手ぬぐいを細く切った物、それに着物の紐などが殆どである。さぞ足首が欝血した物と想像できる。

下駄部分の板は、女性用の下駄の歯の部分を削り取った物や、それなりに造った物も混在する。今のところ漆を塗ったような高級下駄の物には出会ったことがない。

ブレードと言うと、これは色々あり、古老によると「お金持ちの子は支柱が三本、庶民は二本」と言う。ほぼ全てが鍛冶屋に直接作製依頼の為、そんな子供の階級のようなものができたらしい。少し調べてみたが、その内に「長田式スケート」等の刻印やラベル貼付の物も見かけるので、大量生産化(と、言っても需要は全国的ではなかったろうに)されていったようである。珍しい物としては、「通常の靴スケート」につけるアイスホッケー用の物に似た機械生産されたような物も「下駄」から「靴」に代わる過程でごくわずかな期間作られたようであると感じている。

現地では「ゴミ」でも、他の地方の者にとっては珍しい事極まりない。もっと言えば、これは世界中探しても日本にしかない代物である。そして今後どんな時代になっても、もうこのタイプのアイススケート用の履物など再出現するはずはない。冬という季節があり氷が張り、下駄文化があり、現代のような裕福な時代からすると危険がいっぱいで(足袋での下駄スケート滑走はかなり怪我をする危険性が高い)、いちいち鍛冶屋が鉄を鍛えて作る(支柱やブレードが折れ曲がるようでは危なくて仕方ない)などという事は考えられないからである。

諏訪地方では最近、「下駄スケートを体験する教室」のようなものが発足しているようだが、それは勿論当時の体験をしてみようという教育上の観点からの試みの筈で、これでオリンピックや世界選手権に出ようとはだれも考えていない筈である。

今後も、見つけたら買い集めようと思う。勿論露店でも並べて所望者が居れば譲る。日本の一時代の文化伝承にも貢献できると考えている。

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